シャーロットタウンの旅行記

母は「赤毛のアン」好きで口癖は「プリンス・エドワード島に行きたい」だ。

私がトロントに留学中の冬期休暇に、土産でも買ってくるかという気持ちで母の代わりに行ってみた。

夕暮れ頃にバスで島に上陸した。バスディーポから州都シャーロットタウンまで徒歩圏内なので歩くことにした。それが間違いだった。

直ぐに吹雪の夜になり、マイナス三〇℃の極寒に襲われた。全身を刺すような寒さで、骨は髄まで凍みた。なんとか意識を保ち、ようやく街に着いた時は安堵した。

それも束の間で、どの宿も看板に「CLOSE」と記された札を掲げていた。数件回ってみたが全て閉まっていた。

祈りながら探し続けると、やっと開いている宿を見つけた。もうここしかないと呼び出しチャイムに縋りボタンを押すと年配の女性が出てきた。

「Oh dear.What’s Happened?」

女性は何も聞かずに中へと誘導し、温かい手で私の真っ青になっていた手をさすってくれた。女性の夫と思われる年配の男性も出てきて改めて挨拶をした。

二人は夫婦で二階建て一軒家の宿(B&B)を営んでいて、その一階に住み、二階の三つの部屋を客用としている。その晩は運良く空き部屋があり一晩だけ泊めてもらうことにした。

部屋の準備が済むまで二階のリビングで待つようにと案内され、そこは絵本で見たような情景だった。暖炉があり、ソファに囲まれた楕円形の大きなテーブルが置いてあった。奥さんは「暖炉で冷えた身体を温めて」と言い、パンと温かいコーヒーを出してくれた。

蓄音機やレコードもあり、興味を示すと「聴いていいわよ」と促され、一九六〇年代のヒット集のLPを選び流してもらった。好きな「ビートルズ」や「ビーチ・ボーイズ」の曲が心地良かった。

旦那さんが物置とされていた部屋を片付けている間、奥さんとコーヒーを飲み音楽を聴きながら会話をした。

なぜほとんど宿も観光スポットも閉まっているオフシーズンに来たのかと驚かれ、冬の観光客は稀で「ここも通常ならば冬は閉めているの」と言われた。

その年はドイツから来た作家の親子が長期滞在していて二部屋が埋まったので開いていたとのことだ。

私が冬に来た理由を簡単に説明すると「お母さんのためね」と奥さんは微笑んだ。

翌朝の朝食についてメニューや飲み物などの希望を細かく聞かれた。

それから宿泊者たちのメッセージノートを「日本人もよく来るわ」と見せてくれた。日本語で「最高の新婚旅行になりました!」など多々記されていた。

部屋が用意され、旦那さんは「疲れただろう。楽に休むといい」と労ってくれた。

奥さんも「朝食は八時に一階でね。おやすみ」と優しく言ってくれた。安心しきって、温かいシャワーを浴びてぐっすりと寝た。

翌朝、朝食へ行こうと部屋を出るとリビングで長期滞在している作家の親子の母親に出会った。握手をしながら挨拶をしてくれた。とても綺麗な女性で緊張した。

夫婦と一緒に一階のダイニングで朝食を食べた。夏の島の美しさや「赤毛のアン」についてなど色々教えてくれた。

食後はハーブティーを楽しみながら会話を弾ませた。

奥さんが「あなたがここに辿り着いたのは偶然じゃないわ」と言うと、旦那さんが「そう思う」と頷いた。なぜか可笑しくて三人で笑い合った。

荷物をまとめチェックアウトし、外に出ると良い天気だった。夫婦とは玄関で別れの挨拶をしたが、ずっと見送ってくれて何度も振り返って手を振った。

一泊二日だったが宿での全ての出来事が忘れられない。何より突然の客の私に夫婦が本当の子どものように接してくれことが嬉しかった。

またいつか、今度は夏に母と再訪したい。

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