哲学者たちが考える謎の宇宙「なぜ何も無いのではなく、何かが在るのか」~「リヴ・ヴェーダ」

夜空を見上げると宇宙を意識してしまいます。

そこに輝く星があるからでしょうか。それとも、何もないと考えるから、ぼんやりと眺めるのでしょうか。

考えれば考えるほど、答えはありません。

……宇宙とは捉えきれない存在か、それとも、既に心の中にある存在か?

引用: 「NASA」https://www.nasa.gov

どちらともよくあります。宇宙に関しては謎が多すぎて諦めの念すら抱いています。しかし、希望もあります。

「なぜ何も無いのではなく、何かが在るのか」

いつから人間は宇宙を見ていたのでしょうか?

最大のテーマです。それでは質問を変えます。

あなたは一体、いつから宇宙を意識していましたか?

暗い闇のイメージを抱いていて、夜みたいな、太陽があったり、月があったり、いろんな星があったり……。

引用: 「NASA」https://www.nasa.gov

とにかく「不思議だなあ」と空を見上げていたはずです。

それが少しずつ、映画やアニメ、本、加えて、学校教育、ロケット打ち上げのニュースのなどより、遠くからず近くに宇宙を意識してきたのでしょう。

宇宙には何もないのではなく、何かがあるのです。

なぜ何も無いのではなく、何かが在るのか」(Why is there something rather than nothing?)は、哲学では基礎です。宇宙を考えるに尤も適した言葉です。

人間はいつから宇宙を考えるようになったのか?

私たちの先祖、まだ文字や言葉もままならない頃でも、原始人は宇宙を意識していたのであれば興味深いです。

その頃の夜は、空気も澄み渡って、無駄な人工的な光もなく、きっと空は満点に輝く星空の海がはっきりと肉眼で捉えられていたことでしょう。

My friend’s photo

夜空に向かって人間は吠えたり、感動したり、思いを寄せていたはずです。それは人間だけはないかもしれません。動植物、あらゆる細胞もです。

そういったことを考えるだけでも、宇宙は、地球の生きとし生けるものの絶対的な存在とも思えます。

宇宙の最古の文明記録「リヴ・ヴェーダ」

宇宙に関して人間が残した最古の文明記録は「リヴ・ヴェーダ」(Rigveda)です。

紀元前12世紀に編纂(へんさん)されたインド最古の文献「リヴ・ヴェーダ」には、「宇宙開闢の歌」という歌があります。

引用: 「NASA」https://www.nasa.gov

この歌は冒頭の「無もなかりき」(nāsad āsīt)より、「ナーサッド・アーシーティア讃歌」(Nasadiya Sukta)とも呼ばれています。

だから、逆算して、「リグ・ヴェーダ」の哲学思想の最高峰を示すものとも言えます。

「リヴ・ヴェーダ」ー「宇宙開闢の歌」

以下に「リグ・ヴェーダ」の「宇宙開闢の歌」について詳細を引用します。

読んでみると、何となくでも意味が掴めるから不思議です。

  1. そのとき、死もなかりき、不死もなかりき。昼と夜との標識(日月・星辰)もなかりき。かの唯一物(中性の根本原理)は、自力により風なく呼吸せり(存在の徴候)。これよりほかに何ものも存在せざりき。
  2. 太初において、暗黒は暗黒に蔽われたりき。この一辺は標識なき水波なりき。空虚に蔽われ発現しつつあるもの、かの唯一物は、熱の力により出生せり(生命の開始)。
  3. 最初に意欲はかの唯一物に現ぜり。この意(思考力)は第一の種子なりき。詩人ら(霊感ある聖仙たち)は熟慮して心に求め、有の親縁(起源)を無に発見せり。
  4. 彼ら(詩人たち)の縄尺は横に張られたり。下方はありしや、上方はありしや。射精者(動的男性力)ありき、能力(受動的女性力)ありき。自存力(本能、女性力)は下に、許容力(男性力)は上に。
  5. 誰か正しく知る者ぞ、誰かここに宣言しうる者ぞ。この創造(現象界の出現)はいずこより生じ、いずこより〔来たれる〕。神々はこの〔世界の〕創造より後なり。しからば誰か〔創造の〕いずこより起こりしかを知る者ぞ。
  6. この創造はいずこより起こりしや。そは〔誰によりて〕実行せられたりや、あるいはまたしからざりや、―――最高天にありてこの〔世界を〕監視する者のみ実にこれを知る。あるいは彼もまた知らず。

 引用: 「インドの天文学と宇宙論」より――「リグ・ヴェーダ」(紀元前12世紀) 「宇宙開闢の歌」――辻直四郎

前述したとおり「リヴ・ヴェーダ」は、紀元前12年世紀に編纂されたとのことです。

口承のため、いつから人間がこのような宇宙を意識した考えを持っていたのかは、正直に不明です。

Rigveda (public domain)

しかし、やはりとするべきか、驚くべきか、人間が文明を持ったときには既にここまで深くも考えられていたのかと、様々な想像が膨らむばかりです。

「宇宙開闢の歌」の各部分の意味についての考察は取り留めもなくなるので、ここでは控えますが、一読して宇宙のことという解釈はされると思います。

死も不死も、昼も夜もさえない、宇宙の中性の根本原理は自然に発生し、そこに生命が生まれたと考えた。「何が初め? 誰が初め?」も知らないとします。この問いは現代に永遠に続いています。

宇宙と神話と「カオス」(chaos)

歴史上で宇宙についての議論の時代と場所は、欧州に移ります。古代ギリシャです。

紀元前700年頃のヘシオドスによる「神統記」には、最初に「カオス」(chaos)が生じたと記されています。

私たちが「カオス」と聞けば「混乱」をイメージします。古代ギリシャ語の元々の意味で「カオス」は、「大きく開いた口」です。

引用: 「NASA」https://www.nasa.gov

つまりは、第一に「カオス」があり、そこから万物が生成し、その「chaos」には暗闇を生んでいると考えました。

しかし、この考えは飛躍し過ぎていて、誰にでも言えたことではないかと改めらていきました。

「宇宙について考えるのに、形而上学に頼るのはよそう。そう考えて宇宙は単一の学問としよう」という方向転換です。

*形而上学とは、いわゆる感覚的な判断での学問です。

宇宙は「コスモス」(kosmos)

古代ギリシャにおける紀元前500年頃からの一つの大きな学派である「ピタゴラス学派」では、宇宙を「コスモス」(kosmos)と呼ぶようになりました。

「コスモス」とは、古代ギリシャにおいて調和が取れて秩序がある状態を表現する意味で用いられていました。

例えば、庭園や社会、人の心などの調和が整った状態を「kata kosmon」(コスモスに合致している)としていました。

ピタゴラス学派の人たちは「数」を信仰し、存在者のすべてが「数」で美しい秩序を根源としていると考えていたので、「宇宙を含めた、この世界はコスモスである」と考えました。

より考えて、不規則な事象が多い天文現象に数的な秩序を追及することになりました。

そうして、プロラオスやエウドクソスらによって、「コスモス」を主体とした「宇宙論」が説かれました。

引用: 「NASA」https://www.nasa.gov

しかし実は、誰が初めて「コスモス」を提唱したのかは定かではありません。体のいい言葉だったのでしょう。流行ってしまって、定着したのかもしれません。

よく分からない宇宙だからこそ「カオス」や「コスモス」といった、何にでも通じる言葉が好まれたと想像します。

地上は宇宙の中心「天動説」

古代ギリシャのエウドクソス(紀元前400年頃)は、足をつけて立っている地上のが中心にあり、天体が回っていると考えました。有名な地球中心説、「天動説」です。

この頃、27の層からなる天球が地を囲んでいると想定されました。

更に同じく古代ギリシャのカリポス(紀元前370~300年頃)は、エウドクソスの説を発展させて、天球を34に増やしました。

もはや「数」の問題でもないと思いますが、いつの時代も人間は「数」に拘ります。

アリストテレスの「エーテル」(ether)

それから、アリストテレス(紀元前384~322年)は「形而上学」において、エウドクソスやカリポスの発展させ、「この地上が中心であり、天球が囲んでいる」と改めて提唱しました。

ただし、エウドクソスやカリポスは、各天球は一つひとつ独立していると考えていたのに対し、アリストテレスは、各天球には連携がある構造と考え、その数は48から56としました。

Aristotle (public domain)

加えて、一つひとつ構造には固有の神が存在し、その神によって天球は動かされている、とし、自分たち世界は四つの元素で構成されていて、他方の天球は四元素以外の第五番目の不変の元素「エーテル」(etherαἰθήρ)も含んでいると考えました。

つまりは、天球の世界は永遠に不変であるという結論を出したのです。

アリストテレスの考えに、周りは「結局は形而上学か?」と唖然としたでしょう。

それだけ何でも「それとなく正しいこと」を言えばよいとされた宇宙は、謎めいていたと思わざるを得ません。

宇宙が中心の「地動説」まで長考

現在では「この地上が中心であり、天球が囲んでいる」などという「天動説」は嘘であり、「地球が動いて回っている」という「地動説」が周知されています。

引用: 「NASA」https://www.nasa.gov

ここまで辿り着くには長い年月が必要とされました。驚くべきことに「地動説」が認められたのは、コペルニクスの登場する16世紀からです。

それを踏まえると宇宙にロマンを求めた古代の哲学は、微笑ましくも残酷にも思えます。

「一生懸命に考えた」。それだけで十分です。現代も同じです。

「宇宙」とは長考し続ける対象であり哲学

以上ように、古来より考える人間(哲学者)は、宇宙を意識することによって宇宙を認識しようとしました。とても難しい問題です。

現代においても、科学技術が進歩するにつれて宇宙の謎も解明されてきているのは事実ですが、同時に謎は深まるばかりです。

引用: 「NASA」https://www.nasa.gov

それでも謎が多いのは確かです。それをロケットに乗って解明させるのはあなたかもしれません。

晴れた空でも夜空でも、一体、宇宙が何者なのかを考えるのは人間の課題です。

宮沢賢治の宇宙

日本においては宮沢賢治の考え方、「銀河鉄道の夜」が有名です。

別途、詳細を紹介しているのでご参照いただければと思います。

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